投稿日:2025年06月15日/更新日:2025年06月15日
未来に繋がる「炭素循環農法」とは?概要や得られる効果・具体的な取り組みを紹介
昨今、環境に関するさまざまな概念が登場しています。
農業に関連するものも多く存在し、新たな研究や技術の進歩などによって進化を遂げてきました。
農業関連で、特に注目を集めているのが炭素循環農法です。
では、炭素循環農法とは一体どのような農法を指すのでしょうか?
本記事では、炭素循環農法の概要や得られる効果、具体的な取り組みについて解説します。
新たに農業を始める方や、新しい農業の取組みを実践したい方はぜひ参考にしてください。

炭素循環農法の概要
参照:食と環境|独立行政法人環境再生保全機構
炭素循環農法とは、生態系のピラミッドにおいて植物と菌類の共存共栄の関係性を利用した農法を指します。
生態系のピラミッド構造とは、生態系を構成している生物の栄養段階について、個体数や生物量、生産速度などにより積み重ねピラミッドの形状で表現したものです。
一般的に、下位の栄養段階になると個体数や生物量が多く、上位になるほど減少する傾向があるピラミッド構造となっています。
特に生態系のピラミッド構造において、菌類は分解者としての重要な役割を果たします。
農耕地で炭素循環を効率化することで、従来までの一般的な農法以上の生産性をもたらすことが目的です。
炭素循環農法は、無施肥・無潅水・無防除を基本としており、管理が単純であることから「たんじゅん農法」と呼称されることもあります。
炭素循環農法が誕生した背景
炭素循環農法が誕生した背景として、従来の農法では化学肥料や農薬が過剰に使用されている点が挙げられます。
化学肥料や農薬は少なからず土壌や水質を汚染させるており、環境保全の観点で問題視されています。
そこで、炭素循環農法により化学肥料や農薬をなるべく使用しない農法が求められているのです。
また「みどりの食料システム法」と呼ばれる、農林漁業に関連して環境負荷の低減を図るための事業活動が要求される法律に対して、対応するために炭素循環農法が求められている背景があります。
参照:みどりの食料システム法について|農林水産省
炭素循環の基本的な考え方
炭素循環の基本的な考え方として、以下のフェーズを循環しています。
- 1:植物が光合成によって二酸化炭素を吸収し、糖やセルロースなどの有機物を生成する
- 2:有機物が枯れたり微生物によって分解されたりすると、炭素が土壌中に蓄積される
- 3:土壌中の有機物が分解されると一部の炭素だけが二酸化炭素として再び大気に放出される
以上のように、炭素は大気と土壌を常に循環し続けます。
炭素循環農法では、上記のサイクルを人間の手で意図的に強化して土壌の炭素含量を増やすことが目的。
これにより、土壌は肥沃して植物の健康状態を向上させることが可能です。
また、土壌が炭素を蓄える能力が高まり、農業活動が気候変動に与える影響も軽減できるメリットがあります。
炭素循環農法とは、環境保護と農業生産の両立を目指すための、理想的な農業手法といえます。
炭素が固定するメカニズム
炭素循環農法をより深く理解するためには、炭素固定の考え方を理解する必要があります。
炭素固定とは、大気中の二酸化炭素を固定することを指す言葉です。
炭素固定のメカニズムについて解説すると、植物が二酸化炭素を吸収して光合成の過程において糖やデンプンなどの有機物を合成します。
有機物は、植物の成長に利用されるだけでなく、根や落ち葉として土壌に帰っていく特徴があるのです。
土壌中では、微生物が有機物を分解して炭素を土壌に固定させ、微生物の活動が活発化すればするほど、炭素の固定が進む特徴があります。
土壌に含まれる有機物の量や適切な水分、通気性も、炭素が固定化するために重要な要素です。
また、土壌改良剤を使用することで微生物の活動をさらに促進させます。
この際、土壌の構造改善を目指すことが重要です。
良好な土壌を構造するためには、水分の保持力を高めて植物が栄養素を効率良く吸収できる環境を作り出す必要があります。
炭素循環農法では、炭素固定のメカニズムを最大限に発揮するために適切な施肥や農作物の輪作が重視され、持続可能な農業が実現可能となります。
従来型の農法との違い
炭素循環農法と従来の農法との大きな違いは、目的と手法が違う点です。
従来の農法では、主に収穫量を上げることが目的となっており、化学肥料や農薬を活用しています。
しかし、化学肥料や農薬の仕様は土壌の健康を長期的に損なう原因となりかねません。
一方、炭素循環農法では土壌の炭素含量を増加させて土壌の健康を長期的にキープすることが重視されるのが特徴です。
具体的には、堆肥を利用したり草木の有機物を土壌に還元したりする活動が繰り返し行われていきます。
また、微生物の活動を活発にキープする管理も重要であり、収穫量だけでなく農作物の品質も向上させることができるメリットがあります。

炭素循環農法に注目が集まる4つの背景
炭素循環農法に対しては、さまざまな方面から注目を集めています。
特に、以下4つが注目の背景です。
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化学肥料や農薬の過剰使用による課題
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持続可能な農業に対する世界的な取り組み
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みどりの食料システム法の施行
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環境問題への対応の必要性
それぞれの背景について、詳しく見ていきましょう。
化学肥料や農薬の過剰使用による課題
現代農業において、特に問題視されているのが化学肥料や農薬の過剰使用が原因となる土壌汚染です。
土壌に蓄積されることで、微生物の活動が阻害されてしまうため土壌の健康が損なわれるのです。
土壌が汚染されると、農作物の品質に大きな影響を及ぼし、最終的には人間の健康にも悪影響を及ぼしてしまうリスクがあります。
持続可能な農業を実現するうえで、土壌の健全性をキープできるかがポイントとなり、循環型農業の導入が解決策として期待されています。
また、農作物が求める量以上に肥料を与え続けることで、農作物が吸収しきれないものが地下に浸透し、地下水が汚染される問題も生じるのです。
この問題についても、炭素循環農法により改善を図ることができます。
持続可能な農業に対する世界的な取り組み
持続可能な農業への取り組みについては、世界中で推進されている傾向があります。
特に、ICTやロボット技術を応用したスマート農業について、特に積極的に導入が進んでいる状況です。
世界的に見た場合、特にオランダにおいて早い時期からスマート農業を取り入れており、現在ではアメリカに次ぐほどの農業大国に成長しているのです。
オランダの国土は、日本の九州とほぼ同じ面積しかなく、農地が豊富にあるわけではありません。
また、日照時間も短く農業に不向きである弱点がある中で、ICTを活用した農法によって作業効率を上げることに成功しています。
みどりの食料システム法の施行
みどりの食料システム法とは、環境と調和がとれた食料システムを確立し、産業の持続的な発展を目指すための法律を指します。
2022年7月1日に施行され、環境負荷が小さい健全な経済発展を図るために制定されています。
より環境への負荷が低減された農法が要求されることで、持続性の高い農法への注目が高まっている背景があり、そこで炭素循環農法が推奨されているのです。
環境問題への対応の必要性
地球環境は、近年特に大きな変化を迎えようとしています。
実際、日本の年平均気温をみても100年あたり1.3℃の割合で上昇を続けており、高温による農作物の品質低下の問題が発生している状況です。
日本の農業を維持・発展させ、食料を安定的に供給するために、環境に配慮した持続性の高い農法への転換を推進することが求められており、炭素循環農法が注目されているのです。
炭素循環農法によるメリット
炭素循環農法を採り入れることによるメリットとして、以下3点が挙げられます。
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土壌の健康と肥沃度の向上が期待できる
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持続可能な農業を実現できる
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生態系への影響を防止できる
ぞれぞれ見ていきましょう。
土壌の健康と肥沃度の向上が期待できる
炭素循環農法の理念に沿って活動することにより、土壌の健康と肥沃度を向上させることが可能です。
有機物を土壌に加えることによって、団粒構造が形成されるため通気性や保水性を向上できるメリットがあります。
その結果として、作物の根が健全に育つ環境を整えられるのです。
また、微生物の活動が活発となって有機物が分解され栄養豊富な土壌を構築可能です。
これによって、無機質な農業では得ることができない土壌の自然な力を引き出すことができます。
さらに、健康な土壌により病害虫の発生も抑制でき農作物の質も向上します。
持続可能な農業を実現できる
炭素循環農法を実践することで、持続可能な農業が実現できるメリットもあります。
化学肥料や農薬の使用量を減少できるので、環境への負荷を軽減可能で土壌汚染も防止できます。
また、機物の循環によって土壌の肥沃度が持続的に維持できるようになるので、長期的な視点でみても農地の健康をキープできるようになるのです。
そして、自然生態系との共生を図ることができるようになり、持続可能な社会を目指すために重要な役割を果たします。
生態系への影響を防止できる
炭素循環農法は、生態系に対しても良好な影響をもたらします。
土壌に有機物を戻すことで、微生物や昆虫の生息環境を改善できるメリット。
多様な生物が共生することによって、生態系が豊かにできるのです。
化学肥料や農薬の使用を減少させれば、周辺の水域や森林への汚染が減少して自然環境が保たれます。
さらに、持続可能な農業が実現することによって地域全体の生物多様性を守ることができます。

炭素循環農法への取り組み事例
炭素循環農法への取り組みは、すでに各地で行われています。
ここでは、以下の炭素循環農法の取り組み事例を紹介します。
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山口農園(宮崎県)
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浅田ファーム(静岡県)
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山梨県
各事例について、詳しく見ていきましょう。
山口農園(宮崎県)
宮崎県にある山口農園では、肥料を使用しないで収穫した後のシメジなどのキノコ菌床を畑に撒く高炭素循環農法を採り入れています。
作物の収穫が完了した後、残った植物をそのまま鋤きこみキノコ菌床を表面に撒きます。
そして、数日後に糸状菌が畑の表面に発生したら深く耕すことで、菌が畑に鋤きこまれた植物を分解し栄養を豊富に含んだ土となるのです。
これにより、おいしい野菜を収穫できる土壌を構築できる取り組みが行われています。
参照:高炭素循環農法 – 山口農園 山口今朝廣さん|「みやざき in season」今月の生産者
浅田ファーム(静岡県)
静岡県にある浅田ファームでは、窒素1に対して炭素30の割合で、田んぼでは土の表面から10cm、畑の場合は5cmの深さまで藁や竹チップといった炭素資材を混ぜる農法を実践しています。
田んぼで取れた藁をその田に返し、米ぬかを少しだけ撒くスタイルで、土の発酵がはじまり微生物が活性化されてなりおいしい野菜ができるようになりました。
牛糞や鶏糞などの動物性堆肥は使用せず、土壌の微生物と光合成の力により育った野菜は、化学肥料を使用しなくても十分立派に育ちます。
野菜本来のうまみがぎっしり詰まった野菜は、野菜が苦手な方でもおいしいと言って食べてもらえる特徴があります。
参照:浅田ファーム|公式サイト
山梨県
果実王国として有名な山梨県では、2021年から脱炭素に取り組んだ農場で生産した農産物を認証する仕組みとして、「やまなし4パーミル・イニシアチブ農産物等認証制度」を制定。
これは、世界の土壌表層の炭素量について、年間4パーミル増加させれば人間の経済活動などにより増加する大気中の二酸化炭素を減らせるという考えです。
果樹園で剪定した枝を炭にして埋めたり堆肥などの有機物を畑に撒いたりするなどにより、土壌のなかに炭素を固定させる取り組みを推進しています。
参照:4パーミル・イニシアチブについて|おいしい未来へ やまなし
家庭でもきる炭素循環農法への取り組み
炭素循環農法は、実は複雑な取り組みではなく意外と身近なところでも行われています。
家庭単位で実践できる炭素循環の取り組みとして、コンポストが有名です</strong>。
コンポストとは、堆肥(compost)や堆肥をつくる容器(composter)のことを指す言葉です。
家庭で発生する生ごみや落ち葉などの有機物を、コンポストにより微生物の働きを活用して発酵分解させることができます。
コンポストは古くから日本に伝わる技術であり、生成された堆肥は家庭菜園やガーデニングに活用可能です。
また、生ゴミの排出量を減らせるメリットもあるため、改めて注目が集まっています。
悪臭や害虫の発生対策が必要であるものの、ぜひ取り組む価値がある行動です。
まとめ
炭素循環農法は、古くから存在する自然のサイクルをそのまま有効活用できる取組みです。
環境に優しい農法であり、今後さらに注目が集まることでしょう。
日本では、すでにコンポストなど炭素循環農法が行われている事例があります。
本記事で紹介した内容を参考に、炭素循環農法に本格的に取り組んでみるのも良いでしょう。
